May 27, 2011
カーオブザイヤーが終わってから10日。
次に控えるMONO特別企画vol.5「空と私のあいだ」の台本をずっと書いていた。
5月頭に土田さんのご自宅で1日執筆合宿をやったけど、僕は調子が上がらずほとんど書けなかった。
オムニバスのような構成で、そのなかの2話担当していて、そのうちの一つが女子高生の会話なんだけど、合宿で何ページか書いたのは完全にボツにしたので、きっとこのボツ台本はいつか「ハセドンシリーズ」で使われるだろう(※僕は「かなこちゃんシリーズ」と呼んでいるんだけど、ハセドンの方が知名度があるようなので不本意ながらそう書く)。
合宿で書けなかった僕は、カーオブザイヤー終わりからが勝負ということで、必死のパッチで机にかじりついた。
おかげで一昨日、25日の稽古初日には滑り込ませたのだけど、昨日は一日改稿作業。
元々目標にしている劇作家である土田さんとの作業なので、助言がもう目から鱗で、あと5年早くこの機会があったなら、僕はもう少しなんとかなっていたかもしれない...って思うほどに貴重な時間を過ごしている。
当然作品が仕上がる段階では遜色なく肩を並べなきゃいけないのだけど、作ってる途中のレクチャーがねぇ、もうありがたくて。
きっと素晴らしい公演になると思うので、ご期待いただきたく...よろしくお願いいたします。
6月30日~7月4日、伊丹アイホールでやります。
詳細はまた。
ちなみに4日(月)の開演前のトークに僕出演します。
なにとぞ。
May 17, 2011
売込隊ビーム充電前最終公演「俺のカー・オブ・ザ・イヤー」全日程終了しました。
と同時に、充電期間に突入いたしました。
ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。
劇団員のみんな、ゲストのお二人、スタッフの皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。
また、今公演のみならず、劇団で活動してきた15年間のうち、何らかの形で関わってくださった皆様、特に休団中のメンバー、退団したメンバー、出演してくれたゲストの皆様、劇団員のご家族、関西小劇場の先輩方、後輩たち、劇場スタッフさん、記者様、全員ありがとうございました。お疲れ様でした。
そして、僕たちの公演を一度でも観て下さったことがあるというお客様、本当にありがとうございました。
感謝と労いで一杯です。
そこに落ちてる石コロひとつにもお礼を言いたいほどにです。
おでこに「感謝」と刺青したいほどにです。
ふぅ。
とにかく、ひとまず終わったのだ。
深呼吸して。
劇団の歩みは少し止めることになるけど、演劇活動をストップするわけじゃない。
そんなこともあって、感傷みたいなものはない、と当日パンフにも書いたんだけど、舞台美術で10年以上関わってくれた清さんに打ち上げの席で泣きながら御礼を言われたとき、急に寂しさがこみ上げてきた。
清さんは4年前に出産され、現場に出にくい環境になってしまったのだけど、無理を言って舞台美術のデザインを引き続きお願いしてきた。
ここ数年、売込隊ビームの公演のスタートはいつも清さんのご自宅で美術プランの打ち合わせをするところからだった。
清さんからしたら、「そんな状況でも関わらせてくれてありがとう」と思ってくれていたみたいで、それを感謝していると言ってくれた。
そうか、僕らの充電によって清さんの舞台美術プランナーとしての活動も少しお休みの状態になるのかもしれない。
そんなことを思ったとき、急に色んな想いが溢れた。
清さんには「大人なんだから泣かないでください」って言ってみたけど、僕にしても危うい感じになってきて、おしぼりを何度も畳みなおす行為で涙をこらえた。
打ち上げ会場2軒目、深夜3時。
僕はこのあと自宅まで自転車で20キロの道のりを行くのだけど、それはまた別の話。
May 13, 2011
このブログだけ読んでいると気付きにくいのですが、いよいよ「俺のカーオブザイヤー」の大阪公演がはじまりますよ。
15日の千秋楽は完売だとか。
14日の土曜日は11時と15時の回がありますが、いずれもお席に余裕ありだそうです。
それにしても雨。
雨の日用の音楽をプレイリストに作って聞きながら行くのだけど、なんだか浅い水溜りだと思ったら、意外と深かった。みたいな気分になる。ようわからんが。
明日から晴れろ。
えーい。
♪どこかで 僕を呼ぶ声 届くかな 明日天気になれ~
May 10, 2011
今日
再び津留崎さんが大阪にやってきたので、通天閣に上った。
僕は展望台まで上がったのは2回目か3回目。
以前こんなのあっただろうか。
ビリケンさんの横に、絵馬ならぬ「絵足」がずらり。
思わず読んじゃう。
志望校合格、恋愛成就、金持ちになりたい、ジャニーズに会いたいなどなど、欲望が暴走してビリケンさんには荷が重そう。
そんな中にも秀逸な願い事がいくつかあって。
ヒット作その1。
↓

「どろぼうが にげますよおに」
泥棒が家に来ないことを祈っているんだと思うけど、「泥棒がうまく逃げられますように」とも取れて、日本語難解。
そしてヒット作その2。
名前が出ちゃって申し訳ないけど。
↓

「起大金持ちになれますように」
【超】を【起】と書き間違えてしまう致命的なミス。
きっと松尾昇悟様、金持ちにはなれない。
稽古前のひととき。
May 01, 2011
今週は日本語について話す機会が2度あった。
一度は、編集会議で会った七十代の方との会話。
昨今、日本語が正しく使われていないことに怒っていらっしゃる様子。
同窓会で、言語学を学ばれてきたというご友人にこの件どう思うか問うたという。
「言葉は道具だから」とそのご友人は笑って答えたらしいのだけど、ひどく憤慨されていた。
明治から昭和中期まではきっと小説家たちが新しい言語を造り、いわば乱してきたのだと思う。
(戦後はまた少し別の手が入ったと思うけど)。
その役割がテレビに代わり、ネットに代わり、変化していく言葉を受け入れられる世代と受け入れられない世代があって。
誤用も大多数が使えば正しくなってしまう今日。
だから、正しい日本語っていうのは、どの時代に使われていた日本語を基準にするかが問題なのだけれど、きっと誰もそれを決定できない。
で、思うに、10代、20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代とそれぞれの世代で通用する言葉があって、その世代にとっての正しい日本語はそれぞれで、30代の僕は自分の世代に加えて、せめて20代、40代の日本語には精通しているべきだと思う。何なら、職業的には全世代の言葉を操れなければいけない。
そうそう、二度目は、劇作家研鑽の会「クオークの会」にて。
普遍的な言葉を探るべきか、今の言葉を操るべきか。
しかし、普遍的ってなんだ?今ってなんだ?って結局なる。
よく台詞で高齢者の語尾を「何をしておるのじゃ」とか「それはええのう」なんて表記してしまいがちだけど、それって良く言ってデフォルメで、リアルじゃない(方言は除く)。
でも、僕らが10代の台詞をリアルに書けるのかって言ったら、少し不安がある。リアルな10代に僕の台詞を聞かれて「デフォルメですね」って言われやしないだろうか。
「俺のカー・オブ・ザ・イヤー」は舞台は東京近県のやや田舎町だけど、大阪から来て住んでいる人が何人かいる設定にした。だから、関西弁で台詞を書いた部分がある。僕は多感な時期を千葉で過ごしたけど、関西弁はリアルに書ける。
でも、役者はもっとリアルだ。
謹ちゃんが、僕がもともと「ほんなら3人で飲みに行こうや」って書いた台詞を「ほんなら3人で行ってまおうや」って変えて言っているのだけど、これが誠に心地良い。
「行ってまおうや」は台詞で書けない。役者の生きた言葉だと思う。
言葉は道具か?
道具かもしれない。
でも、100円均一ですべての道具を揃えるのは避けたい。
お店を選んで、手に取って、吟味するようにして選びたい。
せめてそうやって、自分が自信をもってお届けできる言葉を使っていきたいものだ。
たまに茶目っ気出すのはご愛嬌として。
取り留めの無い話。
でも僕は今夜思ったのです。
言葉はいつも危ういけれど、結局言葉に助けられて日々の暮らしを暮らしているのだと。
ありがとう。
おやすみなさい。